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DCでの日々やあれこれ…
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30代2度目の、厄年

30代2度目の、厄年_a0170036_6212948.jpg忙しかった1週間を終え、帰宅すると、大型の封筒が届いていた。

てっきり注文していた本でも届いたのかと思いきや、差出人は日本の両親。
いつも何か送ってくる時は必ず事前にメールなりで連絡があるので、不思議に思いながら開けると、大きな木の御札。

私の実家から車ですぐ近くのところに、門戸厄神というけっこう有名な厄除け神社がある。昨年に帰省した時も、お参りに行って厄除けのお守りを買って帰ってきた。

けっこう立派な御札と共に入っていた手紙には、

「先日、厄神さんの大祭があったので、参拝に行って厄除開運の願いと年間祈祷をお願いし御札を頂きました。
 厄明けまでは、日頃の言動や行動には気をつけて、慎重に行動する様にして下さい」

と書かれていた。

女は30代に2度も厄年がある。

30代前半にある大厄(3年間)が終わったと思ったら… 今年36になる私は、数えで37歳、次の厄年もう到来。

ただ、昨年の暮れから今年の頭にかけてとてもとてもひどい事があったのと、仕事帰りの金曜の夜に、週末になんら楽しい予定があるわけでもなく、顔に突き刺さるような冷気の中を黙々と独り暮らしのアパートに帰ってきた直後だったから。

なんだか、とても感激した。

夜の7時半だから、日本では朝の9時半。受け取った連絡がてら久しぶりに電話をかけると、母が出た。

まずは、ありがとう。

そして、普段なら絶対に言わないのだけど、「年越しにかけてひどいことがあったから、ちょうどよかったよ」と、言ってみた。

即座に何があったと聞いてきた母に、恐る恐る事の次第を話した。
でも、予想に反してきつい言葉は返ってこず、「まぁ、それで返って良かったのかもしれないよ。厄が離れて行ったんだよ」と不器用ながらも精一杯の励ましの言葉が返ってきた。

「ひどいこと」に一応区切りがついた時に、改めていろいろ考えてみた。

女35、独身。今後も独身じゃなくなる可能性は、ほぼ見えない。

ただ、全くと言っていい程結婚願望はないし、生まれてこの方母性本能が会ったためしもなく、このまま独りで気ままに生きてくのもいいんじゃないの、と思っている。
ありがたいことに、両親から「結婚しろ」系のプレッシャーは全くないし、彼らもどうやら「この子は一人で気ままにやってく方がいいだろう」と信じているフシがある。

大学院留学をして、卒業し、なんとか就職し、無事ビザも取れた。


次の目標は「結婚じゃなく、自力でのグリーンカード取得」だった。でも、改めてフ自分の今後を振り返ってみて、はたと考えたのだった。
渡米後4年間、とにもかくにも「アメリカにいる」事にしがみついてきたけど。果たして、なぜしがみついてるのだろう?

何が何でもアメリカにいたい、と思う理由は、そもそもあるのか?

確かに「日本に帰りたくない」、これは絶対条件。
そして、英語以外の言葉を今さら習得したくない(英語でさえも、まだまだなのに)、これも理由。
この2つの条件で、「アメリカにいたい」と思ってたわけだけど、じゃぁ、アメリカそのものに対して、何かしがみつく理由があるのだろうか?

ないな、考えてみれば。

英語圏なら、カナダだってオーストラリアだって英語圏だ。それ以上に、世界のかなりの場所で、英語は一応通じるだろう。
だったら、もし自分でできる限りのことをして頑張って、それでもグリーンカードが取れないなら。出てっても、いいんじゃないの?

少なくともあと数年は今のビザで滞在できるわけだし、次の選択が迫られるときには、私はもう40半ば近く。
30代も折り返し地点を過ぎて、わかってきた。

女は年をとればとるほど、モノがいらなくなってくる。

自分が本当に好きなものや、必要なモノがわかったし、なければないで大丈夫なものもわかっている。こうしてどんどん、モノが身の回りからなくなって行って、いつかは憧れの「スーツケース一つで、好きな時に好きな所で」生きる生活が実現するのかもしれない。

そんな話しを、つい調子にのって母に話してみた。

基本的には「老後の安泰」のための備えを信じるうちの両親だから、「バカなこと言って、年とったらどうするの」と怒られるかと思ったら。

「いいじゃない。お母さんがもっと若かったら、私が自分でそんなふうに生きてみたい」

予想もしない言葉が返ってきた。

肩から、もう一つなにか荷物が転げ落ちたような気がした。

自分では納得した生き方でも、世間的に見ればもう十分に親不孝な生き方でも。
最低限、老い先長くもない両親が逝く時に「あの子はどうなるんだろう」と心配させながら逝かせたくはないな、と思っていたから。

そうか。
私は、いつでもどこにでも行けるんだ。行っていいんだ。

生きていくぐらい、まぁどうにか何とかなるでしょ。

あれほど先のことをくよくよ悩んでた気もちが、スキッと軽くなった。

30代2度目の、厄年_a0170036_6155834.jpg


御札は南か東に向けて高い場所に、ということなので。
おそらくやや北東向きの窓の我が部屋では、ここに飾るのがいいでしょう。

厄神さんでは、これから1年毎日私のために祈祷してくれるらしい。

1年後には、御札はお返しです。
by yaezakura6024 | 2010-01-31 06:22 | Life
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